貸室賃貸借契約書の「賃貸借契約の成立」とは
概要
本条は、賃貸人と賃借人が賃貸借契約を締結することを宣言し、賃貸目的物を特定する規定です。
1.賃貸借契約とは
民法は、賃貸借契約について601条から621条に定め、その成立について「当事者の一方がある物の使用および収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことによって、その効力を生ずる」と規定しています。(民法601条)
賃貸借契約の成立によって契約当事者はさまざまな義務を負うことになりますが、民法601条から明らかなように、契約当事者の中心的な義務は、賃貸人のその物を「使用収益させる義務」と賃借人の「賃料支払義務」となります。
2.契約(ないし法律行為)の分類、賃貸借契約の位置づけ
契約(ないし法律行為)の分類、賃貸借契約の位置づけは以下の通りです。
(1)双務契約・片務契約
双務契約とは、当事者双方に対価的な関係のある債務が発生する契約であり(例:売買契約)、片務契約とは、一方当事者のみに債務が発生する契約です(例:贈与契約)。賃貸借契約は賃貸人が賃借人に対し賃貸目的物件を使用収益させる債務を負い、その対価として賃借人は賃貸人に対し賃料を支払う債務を負担することから双務契約に分類されます。
(2)有償契約・無償契約
双務契約とは、当事者双方に対価的な関係のある債務が発生する契約であり(例:売買契約)、片務契約とは、一方当事者のみに債務が発生する契約です(例:贈与契約)。賃貸借契約は賃貸人が賃借人に対し賃貸目的物件を使用収益させる債務を負い、その対価として賃借人は賃貸人に対し賃料を支払う債務を負担することから双務契約に分類されます。
(3)諾成契約・要物契約
諾成契約とは、当事者の合意のみで成立する契約で成立のために物の授受が必要でない契約であり(例:売買契約)、要物契約とは当事者の合意のみで成立せず、契約で成立のために物の授受が必要である契約(例:消費貸借契約)です。賃貸借契約は、その成立に賃貸目的物の引渡しを要せず、合意のみで成立しますので諾成契約に分類されます。
(4)要式行為・不要式行為
要式契約とは、一定の方式に従って行わなければ成立しないか、または無効とされる法律行為であい(例:遺言、婚姻)、不要式行為とはそうした方式によることが不要な法律行為です。
①賃貸借契約
賃貸借契約は、一定の方式によることが不要な法律行為ですので、不要式行為であり、理論的には、口頭の合意により有効に成立します。しかしながら、賃貸人にとって賃貸目的物は重要な財産であり、他方、賃借人にとっても目的物である事務所・店舗が事業の重要な基盤をなし、かつ、賃料も比較的高額であることから、賃貸借契約書が作成され、双方それに調印するのが一般的です。したがって、事務所・店舗の賃貸借契約に関しては、事実上、契約調印をまって初めて成立するものとするのが現実に即しているように思われます。
②保証契約
しばしば賃貸借契約に盛り込まれる保証契約は書面で契約を締結しなければ効力が生じないとされているので(民法446条2項)要式行為です。
③定期建物賃貸借契約
借地借家法38条に規定される「定期建物賃貸借契約」は、公正証書その他の書面で契約を締結したときに限りその効力が生じるものとされており(同条1項)、要式行為です。
3.契約書の調印方法
賃貸借契約においては契約書を作成するのが原則になりますが、その調印方法は当事者双方が一堂に会して行う場合や、各当事者が別々に持ち回りで行う場合などがあります。
実務的には、仲介業者が賃貸借契約を媒介する場合、仲介業者は、宅地建物取引業法上、賃借人になろうとする者に対し重要事項の説明義務を負います(宅地建物取引業法35条1項)。この重要事項説明は、重要事項を記載した書面を事前に交付して口頭で行わなければならないため(同条4項参照)、その説明をする際、仲介業者が各当事者の事務所等に出向いて賃借人に調印してもらい、それを賃貸人に届けるという方法が多いものと思われます。
なお、賃貸人・連帯保証が押印するにあたっては実印によるものとし、契約締結日から3ヶ月以内の印鑑登録証明書の提出を求めるのが一般的です。これは法律上要求されるものではありませんが、実印と印鑑登録証明書の所持は、本人の同一性確認の一資料となりますし、保証契約に関しては連帯保証人が契約締結の意思を真に有しているということの証拠となります。
4.契約締結上の過失
前述したとおり、事務所・店舗の賃貸借契約は、契約書の調印によって初めて成立すると評価すべき場合が多いと考えられますが、当契約書への調印前などの契約成立前の段階においては、文字どおり契約が成立していないので、契約に基づく損害賠償責任は生じないのが原則です。
しかしながら、契約の交渉段階や準備段階において契約締結を目指す当事者の一方の過失によって他方当事者に損害を与えた場合、一方当事者がその損害を賠償する義務を負う場合があり、講学上「契約締結上の過失」といわれています。契約が成立していないにもかかわらず、損害賠償責任を負う根拠は、契約が締結されるという強い期待を抱くことに相当な理由が認められる場合に一方当事者がその期待を正当な理由なく侵害することは信義則上許されない、というところにあります。
賃貸借契約の申込がなされた場合、賃貸人側では賃借人の入居審査をしたり、賃料等の契約条件について折衝を重ねたりして、最終的に契約成立に至らない場合にも、申込から契約締結までに一定の期間があることが通常です。そうした場合に、契約の基本合意に達しているなど一定の成熟段階に至っているのに、賃貸人側の事情で正当な理由なく契約を締結しない場合には、損害賠償義務を負う場合があるので注意が必要です。また、反対に賃借人が一方的に契約交渉を打ち切った場合、賃貸人は賃借人に対し損害賠償請求ができる場合があります。たとえば、それまでの交渉に基づいて賃貸人が当該賃借人用に造作を設置したのに、賃貸人から突如一方的に契約交渉が打ち切られたような場合です。このような場合には、契約成立前であっても、生じた損害について契約締結上の過失の理論で賃借人に対し請求できないかを検討するとよいでしょう。
コメント